〜〜メルマガ有機化学〜〜

 2008年第1号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4..周辺領域のことば 5.館長の本棚 6.編集後記


 ☆今週の反応・試薬 〜 Julia反応

 カルボニル基(アルデヒド・ケトン)からC-C二重結合を作る反応。Wittig反応と同形式だが、鍵原子がリンでなく硫黄(スルホン)である点、主に(E)-体を与える点が異なる。Julia-Lythgoe反応、Juliaオレフィン化反応、Juliaカップリングなどと呼ばれることもある。

 原型のJulia反応は3段階を要し、毒性の高い水銀化合物を使わねばならないなど、使いにくい点も多い反応であった。1998年から2000年にかけて、Kocienskiはこれらの欠点を改良するワンポット反応を報告し、使い勝手は大いに改善された。このため近年利用例が増え、現在では(E)-アルケンを形成する際の標準的な手法となっている。

 (1)古典的Julia反応
アルキルフェニルスルホンに強塩基を作用させてアニオンとし、ここにカルボニル化合物を作用させてC-C単結合を形成する。生じた水酸基をアセチル化し、ナトリウムアマルガム(またはSmI2)を作用させるとβ-脱離が起きて(E)-アルケンを与える。

 (2)改良Julia反応

 1991年S.A.Juliaは、それまで用いられていたフェニルスルホニル基の代わりに、2-ベンゾチアゾリルスルホニル基を用いる手法を発表した。この方法では下図のようなSmiles転移を経て脱離が進行し、ワンポットで目的のオレフィンが得られるため、反応の使い勝手は大幅に改善された。ただし生成したオレフィンの(E),(Z)選択性が高くないという問題は残った。

 これを改善するため、KocienskiはPT-スルホン(1-フェニル-1H-テトラゾール-5-イルスルホニル)基を用いることにより、高い(E)-選択性で二置換オレフィンが得られることを示した。現在、トランスオレフィンを合成する標準的手段となっている。

PTスルホン

参考リンク:Evans研究室セミナー資料(PDFファイル)
図の1枚目・2枚目は英語版Wikipedia「Julia olefination」の項目より改変して引用


 ☆注目の論文

 ・Rapid and reversible shape changes of molecular crystals on photoirradation
 Nature 446, 778 (2007) S. Kobatake et al DOI:10.1038/nature05669
九州大学・入江正浩教授のグループ。光を当てることによって変形・伸縮する結晶の合成。超高密度メモリ、分子アクチュエータなどに応用が期待される。同じ号のNatureおよび日本語版ダイジェストにも解説記事あり。

 ・Total Synthesis and Structure Assignment of the Anthrone C-Glycoside Cassialoin
 Angew. Chem. Int. Ed. 47, 1084 (2008) Y. Koyama et al DOI:10.1002/anie.200704625
 鈴木啓介先生お得意のC-グリコシド全合成。毎度工夫があって面白いです。

 ・Stereoselective and Efficient Total Synthesis of Optically Active Tetrodotoxin from D-Glucose
 J. Org .Chem. ASAP K. Sato et al DOI:10.1021/jo701655v
 テトロドトキシンの全合成。グルコースより34段階、総収率0.38%ですから平均収率が約85%。しかしテトロドトキシンを作ってJOC止まりかと思うと淋しいものがありますね。

 ・Asymmetric Counteranion-Directed Catalysis for the Epoxidation of Enals
 Angew. Chem. Int. Ed. 47, 1119 (2008) X. Wang and B. List DOI:10.1002/anie.200704185
 ビナフトールで修飾したリン酸と二級アミンを触媒に用い、α,β-不飽和アルデヒドを高いエナンチオ選択性でエポキシ化。

 ・Multiple C-H Activations To Construct Biologically Active Molecules in a Process Completely Free of Organohalogen and Organometallic Components
 Angew. Chem. Int. Ed. 47, 1115 (2008) B. J. Li et al DOI:10.1002/anie.200704092
 パラジウムと銅を使ったC-H結合活性化。アニリドのオルト位を無置換ベンゼン(!)でフェニル化してしまう。パラジウムのカップリングもいよいよ凄いことになってきました。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 慣れてしまうと注意がおろそかになりがちですが、化学実験には常に危険がつきものです。このコーナーでは試薬・反応など危険性情報を発信していきます。今回は発ガン物質について。

 ・発ガン性物質
 合成試薬には強い発ガン性を持つものが多くあります。気づかずに使っていると大変危険ですので、代表的なものを覚えておきましょう。
・アルキル化剤(ヨウ化メチルジメチル硫酸など)……DNAと反応し、正常な複製を妨げる。
・アゾアルカン(RN=NR')、ジアゾアルカン(RCHN2)……特にジアゾメタンは揮発しやすく危険。できる限りTMSジアゾメタンで代替すべし。
・HMPA(ヘキサメチルリン酸トリアミド、(Me2N)3P=O)……配位性があり、溶媒としてもよく用いられるが極めて発ガン性が強い。DMPUやDMIなどでの代替を検討すべし。
・クロロメチルメチルエーテル(MOMCl)……水酸基の保護試薬として有用だが、強い発ガン性を持つ。ただし実際の発ガン作用は微量の不純物であるビス(クロロメチル)エーテル((ClCH2)2O)ではないかともいわれる。

 実験者の皆様、注意して作業に当たりましょう。
(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.70より)


 ☆周辺領域のことば

 有機化学周辺の学問領域で、話題となっている言葉を取り上げていきます。

 バイオディーゼル……生物由来の油(パーム油、菜種油など)から得られるディーゼルエンジン用燃料のこと。大気中のCO2を植物が吸収してできた油が原料であるため、燃やしてもトータルで見てCO2濃度を上げることにならない(カーボンニュートラル)。また再生可能な燃料であるということで、バイオエタノールなどと並び注目を受けている。

 植物油はグリセリンに脂肪酸が3つ結合したトリエステルであるため、分子量や粘度が大きくそのままでは燃料に向かない。このため触媒を用いてメタノールとエステル交換を行い、メチルエステルとしたものが多く用いられている。現在京都市などの地方自治体において、公共交通機関などで運用が始まっている。


 ☆館長の本棚
 編集長おすすめの本をご紹介。化学分野に限らないかもしれません。

化学者たちの感動の瞬間―興奮に満ちた51の発見物語

 元は「有機合成化学協会誌」2000年5月号の特集記事であったものを、単行本として出版したもの。書籍化に当たって執筆者が加わって51名となり、内容も加筆されているとのこと。大御所といわれる大先生方の若き日のドラマはどれも面白く、こういう企画をまたやってほしいと思います。化学の歴史を残す意味でも大いに価値があるのではないでしょうか。2800円の価値はまちがいなくある、おすすめの一冊です。


 ☆編集後記

 というわけで「メルマガ有機化学」始めてみました。まだこれからどんな内容になるか、どんなことを取り上げていくかまだまだ未定です。そのうち研究室訪問、研究者インタビュー、寄稿記事などいろいろできるとよいなと思っておりますので、今後ともぜひよろしくお願いしたいと思います。ご意見・ご要望・編集長へのお便り、耳寄りな情報などございましたらこちらまでお願いいたします(メールアドレス先頭の「nospam.」を削って送信して下さい)。