~~メルマガ有機化学~~

 2008年第15号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4.館長の本棚 5.編集後記


 ☆今週の反応・試薬 ~ Weinrebアミド

 N,O-ジメチルヒドロキシルアミンのアミドのこと。1981年、S.Weinrebによって報告された。カルボン酸・エステルなどからケトン・アルデヒドなどを合成する際の中間体として有用である。


Weinrebアミド

 通常、エステルにGrignard試薬や有機リチウム試薬を作用させると2当量付加が進行し、3級アルコールが得られる。試薬の当量を調節しても、これを途中で止め、ケトンにするのは難しい。

 しかしWeinrebアミドに対して付加を行うと、試薬を過剰に用いても反応が1段階で止まり、収率よくケトンが得られる。これはWeinrebアミドの酸素原子がリチウムやマグネシウムにキレートし、安定な中間体となってそれ以上の反応を受けなくなるためである。

 また求核剤としてヒドリドを用いる、つまりLiAlH4やDIBALで還元する反応にも応用できる。エステルからアルデヒドへの還元はDIBALを使っても意外に難しいが、Weinrebアミドを経由するときっちりとアルデヒドで止めることが可能である。

 Weinrebアミドの合成は、(1)酸塩化物などとMeNHOMe-HClの反応(2)カルボン酸とMeNHOMe-HClとを、WSCDなどの縮合剤でアミド化する(3)エステルとMeNHOMe-HClをトリエチルアルミニウム存在下で交換反応を行う、などによって可能である。

(図の一部はWikipedia:ワインレブアミドの項目より
参考文献:人名反応に学ぶ有機合成戦略 478ページ


 ☆注目の論文

・全合成

Total Synthesis of Solandelactones A, B, E, and F Exploiting a Tandem Petasis−Claisen Lactonization Strategy
White, J. D.; Lincoln, C. M.; Yang, J.; Martin, W. H. C.; Chan, D. B.
J. Org. Chem.; 2008; ASAP Article;  DOI: 10.1021/jo800335g

8員環ラクトン、シクロプロパン環形成が鍵。雑誌会なんかで取り上げるのによさそうな論文ではないでしょうか。

Divergent Synthesis of a Pochonin Library Targeting HSP90 and In Vivo Efficacy of an Identified Inhibitor
Angewandte Chemie International Edition Early View DOI:10.1002/anie.200800233
Sofia Barluenga, Cuihua Wang, Jean-Gonzague Fontaine, Kaïss Aouadi, Kristin Beebe, Shinji Tsutsumi, Len Neckers, Nicolas Winssinger

 14員環マクロラクトンpochoninのライブラリーを固相合成。100倍ほど活性が向上したものを見出した。

Mimicking Biosynthesis: Total Synthesis of the Triterpene Natural Product Abudinol B from a Squalene-like Precursor
Rongbiao Tong, Dr., Frank E. McDonald
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI:10.1002/anie.200800749

 スクアレンに似た炭化水素のポリエポキシドをTMSOTfでサクサクと環化させ、骨格を一気に創る。美しく決まってます。個人的に好み。

・反応

Zwitterionic Salts as Mild Organocatalysts for Transesterification
Kazuaki Ishihara,* Masatoshi Niwa, and Yuji Kosugi
Org. Lett.; 2008; ASAP Article;  DOI: 10.1021/ol8005979

 下記のような試薬により、azeotropicな条件下エステル交換が効率よく行える。試薬デザインの考え方が面白い。

・超分子

Reversible Solubilization and Precipitation of Carbon Nanotubes through Oxidation-Reduction Reactions of a Solubilizing Agent
Angewandte Chemie International Edition Early View DOI:10.1002/anie.200800095
Kazuyuki Nobusawa, Atsushi Ikeda, Jun-ichi Kikuchi, Shin-ichiro Kawano, Norifumi Fujita, Seiji Shinkai

 ビピリジルとCu(II)の錯体は平面構造を取るが、Cu(I)とは正四面体型となる。前者は平面的であるため、カーボンナノチューブとスタッキングしてこれを溶かすが、後者はそのような相互作用を起こさない。結局、銅イオンの酸化還元操作により、ナノチューブの溶液内への分散・再沈殿が自在に調節できる。面白いアイディアです。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 今回はジアゾ化合物について。

大学実験室でジアゾ酢酸エチルを蒸留していたところ,突然爆発し,ガラス装置が破損して飛び散り,実験者は大けがをした.蒸留フラスコ内にテフロン皮膜の磁気攪拌子を使っていたが,ごく微量の鉄粉がこの磁石に付着しており,触媒となり,爆発した.

 ジアゾ酢酸エステル類(N2=CHCO2Et)はジアゾ化合物の中では比較的安定な部類に属しますが、重金属の存在で爆発的に分解することがあります。この研究室では何度もこの化合物の蒸留を行っていたため安心していたのですが、鉄粉の存在が盲点となりました。
 また、ジアゾアセトニトリルなども単離しようとすると爆発の危険があり、これらは溶液状態で扱う方が安全です。

情報提供:A.K氏
(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.196より)


 ☆館長の本棚

 編集長おすすめの本をご紹介。化学分野に限らないかもしれません。

科学に魅せられた日本人―ニッポニウムからゲノム、光通信まで

(岩波ジュニア新書 819円)

 ジュニア新書とある通り、本来高校生などに向けた本ですが、大人にも十分読み応えがあってわかりやすくまとまっています。幻のニッポニウム発見者小川正孝、アドレナリン発見の高峰譲吉、細菌学の北里柴三郎・野口英世、ソニーの創始者井深大、LEDや光通信の発明者西澤潤一など、明治以降の日本を代表する科学者たちの列伝です。
決して恵まれているとはいえない環境の中で、独自の研究スタイルを築き上げていった彼らの姿に接すると、自分もやらないとなという気概が湧いてきます。良著です。


 ☆編集後記

 義理の伯父と祖母が続けざまに亡くなり、1ヶ月の間に2度も九州・天草に行ってまいりました。祖母は明治44(1911)年生まれ、まだ中国が清の時代だから考えてみりゃすごいことです。この年にノーベル化学賞を受けているのがキュリー夫人、翌年に受賞しているのがF.Grignardだそうです。一世紀近くを生きた祖母は偉大だなと思うと同時に、これだけの歳月の間変わらずに使われるGrinard試薬というのもまた大変なものだ、と妙な感心のしかたをしてしまった次第です。

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