〜〜メルマガ有機化学〜〜

 2008年第4号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4..周辺領域のことば 5.館長の本棚 6.編集後記

・有機化学美術館更新情報:分館にシンプルな水素の運び手


 ☆今週の反応・試薬 〜 Wittig-Horner反応

 リンのイリドとカルボニル化合物からオレフィンを作る反応は、Wittig反応として知られ、二重結合を形成する基本反応とされている。

 1958年、Hornerはホスフィンオキシドによって安定化されたカルボアニオンが同様にカルボニル化合物と反応し、オレフィンを作ることを見出した。さらに数年後、WadsworthとEmmonsはリン酸エステル基がこの反応に有用であることを示した。こうした経緯から、この反応はWittig-Horner反応、またはHorner-Wadsworth-Emmons反応の2つの名で呼ばれる。

 適当な有機溶媒(アルコール類、THF, 1,2-ジメトキシエタン, DMSOなど)にアルキルホスホン酸エステルを溶解し、水素化ナトリウム、ナトリウムメトキシド、炭酸カリウムなどの塩基を作用させてアニオンを発生させる。ここにカルボニル化合物を加え、一定時間反応させる。反応温度は基質により、-78度から還流まで幅広い。塩基性に弱い基質を用いる際には、DBUまたはトリエチルアミンと塩化リチウムを併用するとよい。

 リン酸エステル基のアニオン安定化の度合いはWittig反応のイリドに比べて弱いため、多くの場合単純なアルキル基ではなく、エステルやニトリルなどの電子求引基を必要とする。このためα,β-不飽和エステル合成の際には常用される反応となっている。

 Wittig反応に比べて反応性が高いこと、副成物が水溶性のリン酸エステルであるため水洗のみで除去が可能である点がメリットである。

(次回に続く。図は例によってWikipediaより)


 ☆注目の論文

 ・反応

Fluorination in Medicinal Chemistry: Methods, Strategies, and Recent Developments
Kenneth L. Kirk
Org. Proc. Res. Dev.. ASAP DOI:10.1021/op700134j

 各種フッ素化反応の総説。製薬会社の方は押さえておいて損のない文献では。

 ・全合成

Catalytic Asymmetric Total Synthesis of (+)-Yohimbine
Dustin J. Mergott, Stephan J. Zuend, and Eric N. Jacobsen*
Org. Lett.. ASAP  DOI: 10.1021/ol702781q

 ヨヒンビン全合成。キーステップにチオウレア系の有機分子触媒を用い、11段階・全収率14%でサクッと終了。

Total Synthesis of (+)-Exiguolide
Min Sang Kwon, Sang Kook Woo, Seong Wook Na, Eun Lee
Angew. Chem. Int. Ed. early view DOI: 10.1002/anie.200705018

 THP環を2つ含むマクロライドの全合成。途中出てくる2度のWittig型反応は記憶に値するのでは。

 ・超分子

Conductive One-Handed Nanocoils by Coassembly of Hexabenzocoronenes: Control of Morphology and Helical Chirality
Takuya Yamamoto, Takanori Fukushima, Atsuko Kosaka, Wusong Jin, Yohei Yamamoto, Noriyuki Ishii, Takuzo Aida

Angew. Chem. Int. Ed. 47, 1672 (2008) 10.1002/anie.200704747

 ヘキサベンゾコロネンをベースとしたらせん状の「ナノコイル」を、末端の置換基によってコイルの巻く向きを制御することに成功。電子顕微鏡でちゃんとねじれの様子が見えている。うーむ。

Synthesis of a New Photoactive Nanovehicle: A Nanoworm
Sasaki, T.; Tour, J. M.
Org. Lett ASAP Article;  DOI: 10.1021/ol703027h

 ナノカーモーター付きナノカーに続き、今度は光を当てると尺取り虫のように動く「ナノワーム」登場。今のところ溶液中で異性化を確認しただけで、ほんとにこれが虫のように這っていくのかはわかりませんが、とにかく分子デザインがイカしているとしか言いようがない。

High-Throughput Synthesis of Zeolitic Imidazolate Frameworks and Application to CO2 Capture
Rahul Banerjee, Anh Phan, Bo Wang, Carolyn Knobler, Hiroyasu Furukawa, Michael O'Keeffe, and Omar M. Yaghi
Science 319, 939 (2008) DOI: 10.1126/science.1152516

 イミダゾール誘導体と金属で、かご状のネットワークをハイスループット合成し、中の空洞に二酸化炭素を吸収するものを見つけ出した。そんなことできるのか!という感じです。地球温暖化を食い止める技術に成長しうるでしょうか、期待大です。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 今回はアジドの扱いについて。

 メタンスルホニルアジド(MeSO2N3)をヒートガンで加熱しながら蒸留していたら爆発が起こって、実験者が指2本を失った。それまでにも何度か同じ実験をしていたが、爆発は初めてだった。

 ニトロ・アジド・ジアゾ化合物は爆発性を持つものが多いため、最初は慎重に扱うのですが、慣れてくるとぞんざいになりがちです。「以前もやったから」といっても、このようにある日突然爆発が起きることもあります。
 なお、これらの官能基を持つ化合物が危険かどうかを見定める経験則として、「ルール・オブ・6」というものがあります。爆発性官能基ひとつにつき、重原子(水素以外の炭素・酸素など)6つが結合していれば爆発性が「希釈」され、安全に取り扱えるというものです。つまりニトロベンゼンは大丈夫だが、ニトロメタンやジニトロベンゼンは危険ということです。

 また、ある化合物の(炭素数+酸素数)/窒素数が3以上であれば、安全に扱えるという規則も知られています。この場合窒素数は、アジドやジアゾ基以外の窒素も含みます。

 といってもこれらは経験則でしかなく、例外ももちろんあります。これらの化合物を扱う際には防護眼鏡や手袋はもちろん、シールドや防爆ドラフトなどそれなりの対策をした上で実験すべきことはいうまでもありません。


(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.190より)


 ☆周辺領域のことば

 有機化学周辺の学問領域で、話題となっている言葉を取り上げていきます。

 iPS細胞(人工多能性幹細胞、induced pluripotent stem cells)……皮膚などの通常の細胞に数種の遺伝子を組み込み、分化万能性(臓器や各種組織に自由に分化できる能力)を持たせた細胞のこと。2007年12月、京都大学の山中伸弥教授とウィスコンシン大学のトムソン教授のグループが、独立にヒトiPS細胞の作成に成功した。
 分化万能性を持った細胞としてはES細胞があったが、受精卵を破壊して取り出す必要があったため倫理的に問題があった。iPS細胞の樹立によってこうした問題を回避することが可能になるので、再生医療研究などに加速がつくことが期待される。各国で進められる競争に勝つため、文部科学省は70億円の資金を拠出、「オールジャパン」体制で山中チームを支援することを公表している。


 ☆館長の本棚

 編集長おすすめの本をご紹介。化学分野に限らないかもしれません。

 メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学(松永和紀著 光文社新書 \777)

 健康情報番組、中国産野菜、食品添加物、天然信仰、マイナスイオンや「水からの伝言」などのニセ科学、バイオエタノールなどなど、世に溢れるニセ情報を痛快に斬って捨てる本です。著者は元新聞記者であるため情報源は豊かで、読みやすい文章に仕上がっています。科学的な根拠に基づいて良心的に著述されており、健康や環境問題に関して関心のある方には出色の良著であると思います。


 ☆編集後記

 先日読者の方から来たメールに、「和光純薬の溶媒のフタはいろんな色がありますが、あれは何なんでしょう」というのがありまして。以前から筆者も疑問に思っていたので問い合わせてみたところ、

茶色……一般溶媒
……一般溶媒(高沸点?)
……エタノール(酒税の関係で色を区別)
……特殊引火物(ペンタン、エーテルなど)
半透明(ナチュラル)……酸類、規定溶液(酸に強いため)
アルミ……分析用など、樹脂からの溶出が心配されるもの

なのだそうです。ただし色の溶け出しを考慮し、今後はナチュラルに切り替えが進む予定とのことです。うーむ、何でも聞いてみるものですね。親切に回答下さった和光純薬の中里氏に御礼申し上げます。

----------------------------------------------------------------------
 メルマガ有機化学

 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/

 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000257060.html

 「有機化学美術館」:http://www.org-chem.org/yuuki/yuuki.html
 「有機化学美術館・分館」:http://blog.livedoor.jp/route408/
----------------------------------------------------------------------