~~メルマガ有機化学~~

 2008年第5号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4..殿堂入り名論文・迷論文 5.館長の本棚 6.編集後記

・有機化学美術館更新情報:分館に2題追加。本館にナノカーニューモデルの話題追加。


 ☆今週の反応・試薬 ~ Wittig-Horner反応(2)

★(E)-,(Z)-選択性

ThompsonとHeathcockは、各種アルデヒドのWittig-Horner反応における選択性について系統的な検討を行い、次のような場合に(E)-選択性が高まることを見出している。

・ アルデヒドが立体的にかさ高い
・ 反応温度が高い
・ リチウム塩>ナトリウム塩>カリウム塩
・ THFまたはDMEを溶媒として用いる

★(Z)-選択的ホーナー・ワズワース・エモンズ反応

1983年、W.C.Stillらは通常用いられるリン酸のエチルエステルの代わりに2,2,2-トリフルオロエチルエステルを用いることで、通常とは逆にZ-オレフィンが得られることを示した。塩基としてカリウムヘキサメチルジシラジドを用い、18-クラウン-6を共存させることで選択性は高まる。

安藤は、リン酸部分の置換基として2,2,2-トリフルオロエチル基でなくフェニル基を使うと、さらに高選択的にZ-オレフィンが得られることを示している。この場合水素化ナトリウム/THFや、DBU/ヨウ化ナトリウム/THFなどを用いることができ、Stillの条件に比べて操作の面でも簡便である。詳細な反応機構などはこちらを参照。 

 ※安藤先生の(Z)-選択的反応は、1995年の発表(Tetrahedron Lett. 1995, 36, 4105-4108)。こんな単純なことをそれまで誰もやってなかったのかと思うと不思議になりますが、案外こういうシンプルかつ重要な事柄が見落とされているのかもしれないですね。

(図は例によってWikipediaより)


 ☆注目の論文

 今月の「Chemistry An Asian Journal」は向山光昭先生の80歳記念号。表紙を見た瞬間ゲェ!とのけ反っ畏敬の念を新たにした方は多いのではないでしょうか。半世紀にわたり、日本のみならず世界の有機化学界を牽引してきた先生の業績に心からの敬意を捧げるものです(いや、本当に尊敬してますよ)。

 ・反応

Enzyme-Like Chemoselective Acylation of Alcohols in the Presence of Amines Catalyzed by a Tetranuclear Zinc Cluster
Ohshima, T.; Iwasaki, T.; Maegawa, Y.; Yoshiyama, A.; Mashima, K.
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI: 10.1021/ja711349r

 一級アミンとアルコールが存在する基質に、エステルと触媒を作用させるとアルコールとのエステル交換だけが起こり、アミノエステルが得られるという常識破りの反応。亜鉛の4核錯体が触媒として働くが、機構的な詳細は不明。しかしちょっと驚きの反応であるし、有用性も高いのでは。
(情報提供:GoBlueさん)

Catalytic Dehydrogenation of o-Alkylated or o-Alkoxylated Iodoarenes with Concomitant Hydrogenolysis
Elena Mottia and Marta Catellania
Adv. Synth. Catal. Early View  DOI: 10.1002/adsc.200700562

パラジウム錯体を用いたo-アルキルヨードアレンの脱水素化反応。パラジウム錯体がヨードアレンに酸化的付加した後、o位のアルキル基とパラダサイクルを形成し、β水素脱離することでo位のアルキル基をビニル基に変える。ノルボルナジエンが反応系中にある場合は、o-アルキルヨードアレンとカップリング反応が起こる。この際、o位のアルキル基からノルボルナジエンの不飽和結合に水素が移動している。
実に教科書的な反応であり、応用も広そうです。
(情報提供:ジェイクさん)

 ・全合成

Total Synthesis of (+)-Yatakemycin (p 296-309)
Kentaro Okano, Hidetoshi Tokuyama, Tohru Fukuyama
DOI: 10.1002/asia.200700282

 ヤタケマイシン全合成。CuI-CsOAcによる環化が気持ちいいくらいに次々に決まって、20段階・全収率13%で完成。福山先生がやると、まるでできて当たり前の簡単な全合成のように見えてしまうのが恐ろしい。

Total Synthesis of Thiopeptide Antibiotics GE2270A, GE2270T, and GE2270C1
K. C. Nicolaou, Dattatraya H. Dethe, Gulice Y. C. Leung, Bin Zou, David Y.-K. Chen
Chem. Asian J. 2008, 3, 413
DOI: 10.1002/asia.200700361

 チアゾール環6つを含むマクロラクタムの全合成。ピリジン環の形成など面白い。

Concise Total Synthesis of the Thiazolyl Peptide Antibiotic GE2270 A
Oscar Delgado, H. Martin Müller, Thorsten Bach
Chem. Eur. J. ASAP
DOI: 10.1002/chem.200701823

 同じ化合物ですが、Nicolaouがアミド結合→チアゾール環化を繰り返しているのに対し、こちらはクロスカップリング中心に骨格を形成。20段階、4.8%で合成終了。両者のストラテジーを見比べると面白いのでは。

RCM Macrocyclization Made Practical: An Efficient Synthesis of HCV Protease Inhibitor BILN 2061
Chutian Shu, Xingzhong Zeng, Ming-Hong Hao, Xudong Wei, Nathan K. Yee, Carl A. Busacca, Zhengxu Han, Vittorio Farina, and Chris H. Senanayake
Org. Lett. ASAP DOI: 10.1021/ol800183x

 メタセシス反応によって大員環を形成する反応を、史上初めて工業化に成功(!)した。0.2Mの濃度、0.1%以下の触媒量で、環化収率93%。これを可能にした工夫も面白い。短いが見応えのある論文。
この化合物の関係では以下の論文が発表されている。
  Org. Lett. 2004, 6, 2901-2904. http://dx.doi.org/10.1021/ol0489907   
    Org. Process Res. Dev., 2005, 9, 513-515. http://dx.doi.org/10.1021/op0580015
    J. Org. Chem. 2005, 70, 5869-5879. http://dx.doi.org/10.1021/jo050468q
    J. Org. Chem. 2006, 71, 5031-5034. http://dx.doi.org/10.1021/jo060556q
    J. Org. Chem. 2006, 71, 7133-7145. http://dx.doi.org/10.1021/jo060285j
    Org. Process Res. Dev., 2007, 11, 60-63. http://dx.doi.org/10.1021/op0601924

凄いです。やれば何でもできるものですね。医薬品プロセス合成の金字塔になるかもしれません。

 ・超分子

Highly Selective Photomediated 1,4-Radical Addition to o-Quinones Controlled by a Self-Assembled Cage
Takumi Yamaguchi, Makoto Fujita
Angew. Chem. Int. Ed. 47, 2067 (2008) DOI: 10.1002/anie.200705139

 超分子ケージ内で起こる、異常ラジカル反応。21世紀はこういう反応制御が発展していくのかもしれないです。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 ・2,4,5-トリクロロフェノールのナトリウム塩を加熱していたら、2分子が縮合して2,3,7,8-テトラクロロジベンゾジオキシンが発生した。

 何のことだと言われそうですが、生成物は正真正銘のダイオキシンです。以前、ダイオキシンは言われていたほどの猛毒ではないのではという話を書きましたが、ゴミ焼却で出るものとは何桁も違う量ですので、もちろんこれは危険です。原料の2,4,5-トリクロロフェノールは、特に何の規制もなく販売されています。製薬会社などで、フェノキシ基の置換基を振っているときなど、気づかずにうっかりやってしまいかねません。気をつけて実験のほどを。


(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.244より)


 ☆殿堂入り名論文・迷論文

 有機化学の金字塔となる名論文・アイタタと思うような迷論文を取り上げていこうと思います。ジェイクさんの発案です。今回は名論文の方を。

The first practical method for asymmetric epoxidation
Tsutomu Katsuki and K. Barry Sharpless
J. Am. Chem. Soc. 102, 5974 (1980) ; DOI:
10.1021/ja00538a077

 香月・Sharpless不斉エポキシ化反応(SAE)の初論文。学生時代、筆者の師匠のT教授は「Sharpless酸化こそ最も完成度の高い反応であり、全ての反応開発者の目指すべき地点だ」と評していたのを覚えています。今のような便利な反応が出そろっていない28年前、この報告は有機化学者にとってまさに衝撃的だったのではないでしょうか。タイトルからして、徹底的に実用的な反応の開発を目指してきたSharplessの哲学が伝わってくるかのようです。

 ☆館長の本棚

 編集長おすすめの本をご紹介。化学分野に限らないかもしれません。

 図解アリエナイ理科ノ工作―文部科学省不許可教科書

 理科の工作本……なのですが、やってることが途轍もなくヤバいです。分液ロートやマグネチックスターラーの製作といった健全(?)なものから、太陽電池でレーザーを永久に発射できる装置(1000円でできるそうです)、アルミ鋳造さえ可能にする超々高出力七輪、アーク放電装置まで作っています。しまいにはジェットエンジンを手作りで製作し、自転車に搭載(失敗して爆発炎上してますが)といった壮絶な実験まで。ちなみに高圧反応装置とかも手作りしてますが、こういう人と組むと有機合成に新しい可能性が開けたりするのかもしれん、と真剣に思ってしまいます。


 ☆編集後記

 某所に原稿を提出したところ、「IC50という言葉をコラムで解説してくれないか」とリクエストされてはたと困ってしまいました。使い慣れた言葉だけど、いざ正式な定義を言えといわれると困ってしまいます。あわてていろいろな教科書をひっくり返してみたのですが、なぜかIC50という言葉をきちんと説明している本ってないんですね。基本的な言葉ほど、いざ説明しろといわれると困ってしまうものです。まあそれをやらないといけない仕事なんですけども。

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