~~メルマガ有機化学~~

 2008年第8号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4..殿堂入り名論文・迷論文 5.館長の本棚 6.編集後記

・有機化学美術館更新情報:本館に「ポリエチレンの物語(3)」、分館に「有機物と無機物のあいだ」。


 ☆今週の反応・試薬 ~ Huisgen反応

 有機アジド化合物とアルキン類は[3+2]型の付加環化反応を起こし、1,2,3-トリアゾール誘導体を与える。この反応の原型は1893年にA. Michaelが発見し、1960年代にR. Huisgenが詳細を報告したため、現在「Huisgen反応」あるいは「Huisgen環化」と呼ばれることが多い。

 2002年、K. B. ShaprlessらとM. Meldalらのグループは、独立にCu(I)イオンがこの反応を100万倍にも加速することを報告した(ただし末端アルキンに限る)。また銅触媒存在下では、選択的に1,4-二置換体が得られる。

 この反応の特徴は、他にアルコール・アミン・アミド・エステル・ハライドなど各種官能基があっても邪魔されず、目的のトリアゾールが高収率で得られる点にある。反応溶媒もアルコール・一般的有機溶媒・水などの中で問題なく進行する。またアジド・アルキンは各種有機化合物に導入が容易であり、反応後に余分な廃棄物を出さない。
 こうした特性から、Sharplessはこの反応を自らが推進するクリックケミストリーの中心的存在として位置づけている。タンパク質・水などの存在に妨害されない特性を生かし、生化学方面などに応用が拡大している。

 ※最近では学会誌で毎号のようにトリアゾールの図を見かけるほどのブームになっていますが、まだまだ応用範囲は広がりそうです。多くの官能基を持つ天然物に、クリックケミストリーの反応を用いて多数の誘導体を合成し、構造活性相関を見るといった使い方もできるのではないでしょうか?


 ☆注目の論文

 ・反応

Iron-Catalyzed N-Arylations of Amides
Arkaitz Correa, Simon Elmore, Carsten Bolm

Chem. Eur. J. Early View DOI: 10.1002/chem.200800293

 塩化鉄(III)ジアミン錯体を触媒として、無置換アミド(R-CONH2)とアリールハライドをカップリングし、アニリド(R-CONHAr)を得る。もはやパラジウムの時代ではないのか?

 ・全合成

Total Synthesis of Enzyme Inhibitor Spirastrellolide A - Stereochemical Confirmation)
Michael V. Perkins
Angew. Chem. Int. Ed. EarlyView DOI: 10.1002/anie.200800486

 PatersonらによるSpirastrelloride全合成の解説。

 ・超分子

 Chemical mimicry of viral capsid self-assembly
Arthur J. Olson, Yunfeng H. E. Hu, and Ehud Keinan
Proc. Nat. Acad. Sci. 2007 104: 20731-20736 DOI: 10.1073/pnas.0709489104(オープンアクセス)

 五角形の笠型分子・コランニュレンをベースにした分子を12個自己会合させ、中空の正20面体型超分子を作ろうという発想。要するに人工ウィルスのキャプシド。まだ理論計算だけで合成はこれからのようですが、非常に楽しみな研究です。

A synthetic host-guest system achieves avidin-biotin affinity by overcoming enthalpy–entropy compensation
Mikhail V. Rekharsky, Tadashi Mori, Cheng Yang, Young Ho Ko, N. Selvapalam, Hyunuk Kim, David Sobransingh, Angel E. Kaifer, Simin Liu, Lyle Isaacs, Wei Chen, Sarvin Moghaddam, Michael K. Gilson, Kimoon Kim, and Yoshihisa Inoue
Proc. Nat. Acad. Sci 2007 104: 20737-20742 DOI: 10.1073/pnas.0706407105

 cucurbit[7]urilに、フェロセン誘導体が捕捉される。その結合定数が1015台と、これまで知られていた錯体の中でも最強クラスであることが判明。今まで生化学研究に用いられていたアビジン-ビオチン系に代わりうるとのこと。こちらのプレスリリースも参照。

Hierarchical self-assembly of DNA into symmetric supramolecular polyhedra

Yu He, Tao Ye, Min Su, Chuan Zhang, Alexander E. Ribbe, Wen Jiang & Chengde Mao
Nature 452, 198(2008) doi:10.1038/nature06597

 Y字型に分岐したDNAを自己会合させ、正12面体型やサッカーボール型のカプセルを構築する。凄いことができるようになってきました。

 ・その他

On-Virus Construction of Polyvalent Glycan Ligands for Cell-Surface Receptors
Eiton Kaltgrad, Mary K. O'Reilly, Liang Liao, Shoufa Han, James C. Paulson, and, and M. G. Finn
J. Am. Chem. Soc ASAP DOI: 10.1021/ja077801n

 ウィルス表面をクリックケミストリーの手法で修飾する。いかにもスクリプスらしい研究。今後の展開に注目。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 今回は金属ナトリウムの扱いについて。

 ・ギ酸の1リットルビンを取り出そうとしたら爆発が起こり、職員が片目を失った。

 ギ酸は長期保存すると一酸化炭素と水に分解し、内圧が上昇します。意外なものが長期間のうちに分解し、気体を発生して破裂を引き起こすことは少なくありません。
筆者の経験では、3-ブロモプロピルアミンをBoc化したものを合成し、1年ほど置いておいたら分解が起こり、危険な状態になっていたことがあります。たぶんそのためと思いますが、他の保護基で保護した3-ブロモプロピルアミンは市販されていますが、Boc体は大メーカーからは発売されていません。どんな反応が起こっていたのか、考えてみて下さい。

(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.58より)


 ☆殿堂入り名論文・迷論文

 有機化学の金字塔となる名論文・アイタタと思うような迷論文を取り上げていこうと思います。

Enantioselective Reactions in a Static Magnetic Field
Zadel, G.; Eisenbraun, C.; Wolff, G.-J.; Breitmaier, E.
Angew.Chem., Int. Ed. Engl. 1994, 33, 454-456.
DOI:10.1002/anie.199404541

 今回は迷論文、Breitmaierの捏造事件です。磁場がかかった状態でGrignard反応・LAH還元を行うことで、不斉誘起が行えるというもの。それで不斉が出るのであればBINAPもSAEもいらなくなるわけで、これはあまりに衝撃的でした。が、磁場にキラリティはありませんし、NMR室で実験をやれば不斉が出るのであれば何の苦労もありません。結局他の研究者の追試(PDFファイル)によっても不斉誘起は認められず、院生のZadelが捏造を告白して幕となりました。
 しかし捏造するにせよ、なぜこんな見え見えの捏造をやってしまったのか、何で教授はこれを論文にしてしまったのか、ちょっと不思議です。確かNatureでリジェクトされて、Angewandteでも大もめにもめたということですが、まあこういう論文が来たら確かに困るでしょうね。他山の石としましょう。


 ☆館長の本棚

 編集長おすすめの本をご紹介。化学分野に限らないかもしれません。

サイエンス・ビジネスの挑戦 バイオ産業の失敗の本質を検証する

 ハーバードビジネススクール教授が分析する製薬業界の動向。医薬創出のための様々な技術・知識がここ30年で大いに蓄積されたにも関わらず、新薬創出の確率は上がらず、リスクは低下していないと著者は述べます。外部の人間が見た創薬研究の姿には突っ込みどころもあるけど、内部にいる人間には見えにくい冷静な指摘も少なくありません。製薬業界に身を置く人、これから入ろうとしている人など、今後この業界がどうなるか関心がある人には必読ではないでしょうか。


 ☆編集後記

 「知識労働者は自らが教えるときに最もよく学ぶという事実がある」(P・F・ドラッカー)んだそうです。セミナーとか雑誌会というのは、このためにやるわけですね。僕の場合そういう機会がないので、ある事柄について原稿を書かなければならないときに、一度ウィキペディアにその項目を書いてみるということをしています。他人がわかるようにまとめるというのは、自分にとっても内容をきちんと整理することができ、大きな効果があると思っています。みなさんも自分の研究分野について項目を立ててみてはいかがでしょうか。思わぬ再発見、新しい発想の元になるかもしれません。

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