~~メルマガ有機化学~~

 2008年3月28日号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4..殿堂入り名論文・迷論文 5.館長の本棚 6.編集後記

有機化学美術館更新情報:分館世界を変えた分子史上最強の錯体


 ☆今週の反応・試薬 ~ Luche還元

α,β-不飽和ケトンを還元する際、普通にNaBH4を用いたのでは1,2-還元体と1,4-還元体が両方できてしまう。1978年J.L. Lucheは、塩化ランタンNaBH4を用いることで選択的に1,2-還元だけが起こり、アリルアルコール誘導体が得られることを示した。後に試薬の検討がなされ、塩化セリウム(III)七水和物が最もよい結果を与えることが確認された。

 この反応条件では、エステル・アミド・ニトリル・アジド・ニトロ基・エポキシドなどの官能基は影響を受けない。また塩化セリウムは水和物のままでよく、結晶水を除く必要はない。反応容器・溶媒なども特別に注意して水分を除かなくても反応は進行する。溶媒はメタノールが最もよい。

 またこの条件では、アルデヒドとケトンの共存する基質において、アルデヒドを残してケトンだけを還元するという一見不思議な反応が行える。これはこの条件下でアルデヒドは容易にアセタールとなり、還元から保護されるからである。

(画像は英語版Wikipediaより改変して使用)


 ☆注目の論文

・全合成

Total Synthesis of the Marine Metabolite (-)-Clavosolide D
Peter T. Seden, Jonathan P. H. Charmant, and Christine L. Willis
Org. Lett. ASAP DOI:
10.1021/ol800386d

 C2対称のマクロライド合成。初っぱなのTHP環形成がなかなかトリッキーで、そんな手があるんですかと驚かされます。

・反応

Selective Oxidation of Aliphatic C-H Bonds in the Synthesis of Complex Molecules
Mathias Christmann
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200705766

 穏和な条件下C-H結合を酸化し、C-NまたはC-O結合に変える反応。複雑な化合物にもかなり対応可能。

・医薬化学

Function-Oriented Synthesis, Step Economy, and Drug Design
Paul A. Wender, Vishal A. Verma, Thomas J. Paxton, and Thomas H. Pillow
Acc. Chem. Res. 41, 40-49 (2008) DOI:
10.1021/ar700155p

天然物からファーマコフォアを残しつつ簡略化する創薬手法について。また後半ではポリアルギニンを用いた細胞膜透過分子についても触れる。天然物由来の医薬にはまだまだ可能性があると思います。

Anti-MRSA Agent Discovery Using Diversity-Oriented Synthesis
Angewandte Chemie International Edition 47, 2808-2812 (2008)
Gemma L. Thomas, Richard J. Spandl, Freija G. Glansdorp, Martin Welch, Andreas Bender, Joshua Cockfield, Jodi A. Lindsay, Clare Bryant, Derek F. J. Brown, Olivier Loiseleur, Hélène Rudyk, Mark

 コンビケムによる抗マラリア剤の創成。

・その他

Imaging Nucleophilic Substitution Dynamics
J. Mikosch S. Trippel, C. Eichhorn, R. Otto, U. Lourderaj, J. X. Zhang, W. L. Hase, M. Weidemüller, R. Wester
Science 2008, 319, 183

 SN2反応の際、単純に置換基が入れ替わるのではなく、くるっと1回転してから置換が起こるケースがあるのではという論文。ほんとか?と思うような話です。こちらに動画付解説記事あり。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 今回は生理活性化合物の扱いについて。

 ・製薬会社でプロスタグランジンアゴニストを合成していた際、合成品が付着した皮膚が赤く腫れ上がった。その研究員が触ったドアノブを握った他の人の手まで腫れるほど、その作用は強烈であった。

 特に製薬企業では生理活性物質を多く扱いますが、中でもプロスタグランジンは極めて微量でも作用するため注意が必要です。上記の化合物は血管拡張作用があったため手が腫れましたが、その他にも様々な作用がありますので注意が必要です。
もちろんPG以外の化合物も危険なものはあり、喘息・パーキンソン病など予想もしなかった症状を引き起こすこともあります。化合物の取り扱いには十分に注意して下さい。


 ☆殿堂入り名論文・迷論文

 有機化学の金字塔となる名論文・アイタタと思うような迷論文を取り上げていこうと思います。

Total synthesis of calicheamicin .gamma.1I. 1. Synthesis of the oligosaccharide fragment
R. D. Groneberg, T. Miyazaki, N. A. Stylianides, T. J. Schulze, W. Stahl, E. P. Schreiner, T. Suzuki, Y. Iwabuchi, A. L. Smith, K. C. Nicolaou
J. Am. Chem. Soc.; 1993; 115(17); 7593-7611.
Total synthesis of calicheamicin .gamma.1I. 2. Development of an enantioselective route to (-)-calicheamicinone
A. L. Smith, E. N. Pitsinos, C. K. Hwang, Y. Mizuno, H. Saimoto, G. R. Scarlato, T. Suzuki, K. C. Nicolaou
J. Am. Chem. Soc.; 1993; 115(17); 7612-7624.
Total synthesis of calicheamicin .gamma.1I. 3. The final stages
K. C. Nicolaou, C. W. Hummel, M. Nakada, K. Shibayama, E. N. Pitsinos, H. Saimoto, Y. Mizuno, K. U. Baldenius, A. L. Smith
J. Am. Chem. Soc.; 1993; 115(17); 7625-7635.

カリチェアミシンの全合成。当時、エンジインコア、N-O結合、チオエステル、トリスルフィドなど奇怪な結合をたくさん含むこの化合物の構造は衝撃的で、宇宙生物が作る分子だと言っても納得するような代物でした。前例のない構造に果敢に挑み、多くのポスドクをつぎ込んで征服したNicolaou教授の手腕にはため息が出たものです。この頃からブレベトキシン全合成の時期くらいまでが、氏の最も脂の乗った時代だったのではという気がします。全43ページの一大論文、じっくりと熟読してみてはいかがでしょうか。

 ☆館長の本棚

 編集長おすすめの本をご紹介。化学分野に限らないかもしれません。

人類が知っていることすべての短い歴史

 天文学・物理学・地質学・化学・生物学などの科学史をまとめて一冊で書いてしまおうという、素晴らしく無謀な本です。しかしベストセラー作家が3年の取材の末に書いただけあって、目に浮かぶような比喩が次々に登場し、実にうまいと思わされます。最初から最後まで科学者たちのエピソード満載の,大変楽しい本です。640ページ、3150円という大著ですが、じっくり腰を据えて読んでみてはいかがでしょうか。


 ☆編集後記

 「Nature」誌には「immunology」「biotechnology」「photonics」など数多くの姉妹誌が発刊されてきましたが、2009年からいよいよ「Nature Chemistry」が登場することになったようです。強力なライバル登場で、今ごろAngewantdteやJACS編集部は戦々恐々としてるんじゃないでしょうか。誰しも「Nature」とつくジャーナルに自分の論文を載せてみたいでしょうからね。Natureブランド恐るべしです。
 さて記念すべき第1巻第1号の巻頭論文は誰が取るんでしょうか。僕の記憶ではTetrahedron Asym.は野依先生、Org. Lett.はHeathcockであったはずです。野次馬根性旺盛な筆者としては、どうなるか今から楽しみです。

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