☆骨格転位のマジック

 最近ちょっと肩の凝るような話が続きました。今回は分子のマジック、様々に変身する分子たちのショーをご覧に入れましょう。専門の方はなぜこうなるのか考えながら、そうでない方はふーんと思いながら眺めていただければ結構です。ただし、筆者にもなぜそうなるのかよくわからないものもありますので、「なぜこうなるの?」という質問は差し控えていただけるとありがたいです(^^;。ちなみに今回取り上げる分子は、かご型の骨格を持つものが主体です。こういった分子は化学者たちの想像をかき立てるらしく、その姿から様々なネーミングがなされています。

 まずトップバッターは何度か登場しているキュバン。その名の通り立方体の形をした分子です。これは高度にひずんでいるため、様々な面白い反応性を示すことが知られています。

左からcubane、cuneane、calfene

 まずキュバン(紫)を銀塩で処理すると、3,4,5員環をそれぞれ2つずつ持つ「キュネアン」(青)に変化します。これは「くさび」を意味するラテン語からつけられました。このものを今度はロジウム塩と反応させると4員環が開き、カルフェン(水色)になります。「calf」は「子牛」の意味ですが、これはこの分子が「bullvalene」とよばれる分子の小型版であるためで、数ある有機化合物の中でもユーモラスな名前のついたものの一つでしょう。

 キュバンに把っ手をつけた形のバスケテン(下図、上段左)という分子も銀イオンによって同様の反応を起こし、スヌーテン(上段中)を与えます。これはsnout(鼻)から来ています。この分子の右側の突き出た部分を鼻に見立てての命名です。スヌーテンに光を照射するとさらに骨格の組み替えが起こり、ジアデマン(上段右)が得られます。これを熱処理するとトリキナセン(下段左)に、さらにもう一度光照射するとバレッタン(下段右)へと次々に形を変えてゆきます。ジアデマンは「王冠」、バレッタンはスペインの帽子を意味する言葉から来ており、確かにこれらは何かかぶり物を連想させる姿をしています。

 basketene, snoutene, diademane

triquinacene, barettane

 カルボカチオン(炭素陽イオン)という化学種は、比較的簡単に構造の組み替えを起こして安定な構造へ変化していきます。これを利用して様々な合成手法が発表されていますが、ここではアダマンタン系列の化合物の合成を紹介しましょう。アダマンタンというのはダイヤモンドの骨格の一部を切り出してきた形の分子で、ひずみが全くなく極めて安定です。例えば下図左の化合物に塩化アルミニウムを作用させてカチオンを発生させると、いろいろと骨格変換を起こした挙げ句、最も安定なアダマンタン(右、黄緑)に落ち着きます。

 これを利用してもっと大きなアダマンタン系列の化合物も作られています。転位を繰り返して元とは似ても似つかない形に変わってしまうのがこの反応の面白いところです。

 

 炭素-炭素結合というのはできにくくて切れにくいといわれます。この結合と切断が同時に起こる転位反応こそは有機化学の華といえます。筆者も一度はこういう面白い反応をやってみたいと思いますが、なかなか機会に恵まれません。有機化学者たちはしかつめらしい顔で分子をいじくり回していますが、実のところ彼らを動かしているのはこうした子供の積み木遊びにも似た喜びなのかも知れない、と最近思っています。


 追記(03.4.5)

 アダマンタン骨格の使い道として、アミノ基を取りつけた「アマンタジン」という化合物がインフルエンザの薬として用いられています。こんなものでウイルスがなぜやっつけられるのか、ちょっと不思議な感じがします。

アマンタジン

 また最近、アダマンタン骨格をいくつもつなげた"ダイヤモンドイド"化合物がいくつも石油中から単離されて話題を呼びました(Science 299, 96-99 (2003))。今までもこれらの化合物が石油中に含まれていることは予想されていたのですが、他の成分からの分離が難しいため十分に研究が進んでいませんでした。今回、高熱をかけて他の化合物を破壊してしまうという工夫をすることにより、頑丈な構造を持つこれらの化合物だけを分離することに成功したわけです。

 これらの骨格は単に美しいだけでなく、炭素骨格中最も安定で頑丈であるため、ナノテク素材など今後いろいろな用途が考えられそうです。

 

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